2011年03月09日

尊厳死の事・・・


この仕事を始めて、33年目だけど・・これまで数千もの お葬式を

務めあげ その度に・・・呆然自失のご家族の姿を見てきた。

仕事だから、グリーフワークが仕事だから・・・と、割り切れない事も多かった。


最近、友人が「死」という事について取り上げた記事を目にした。

共感できる事も 中には有るが・・・・そのほとんどは

そっとしておいて欲しい事の羅列だった。

直視できない物は、太陽と死だ・・・という有名な言葉も有る。


盛者必衰会者定離と 昔の人は 自分の死・・と言うよりも

愛する者との別れ・・というとらえ方をしている。

もちろん、そこには・・・自分自身が愛する者を 残して逝く・・という

受け取り方も出来るんだけど。


愛する者との別れ・・・苦しんでいる姿を見るのが辛かった・・と

どなたも言われる。

安らかに、眠るようでした・・・と、穏やかに話される方の方が多いのかも?

最後に息を引き取る時・・・終焉の刹那

ほんの一瞬 脳裏をよぎるのは、どんな事だろうか?

愛する家族の事だろうか? 幼い頃に遊んだ 野や山の景色だろうか?


昔は告知義務が無かったけど、現在は「がん告知」は、医者の義務である。

昔と違い 不治の病ではなくなったことが、大きいと思います

患者と共に、治療に専念するためには告知しないでは 困難だからだと思う。


あるアンケートに、こんな結果が出ています。

あなたが、がんになったら、告知して欲しいですか?というアンケートでは

70%以上の人が、「YES」と答えているそうです。

しかし、あなたの家族が・・と、なると  今度は逆に

70%以上の人が「NO」と答えているそうです。


この心理は良くわかります。愛する者に心理的苦痛を与えたくないんですね。

また、愛する者が、悩み苦しむ姿を見る事は・・・自分自身も それ以上に辛い。

もし・・・それが、末期だと知ったら・・・現代医学では治す事が出来ないのなら

怖い思いをさせるくらいなら・・・何も知らせずに・「安楽死」を

望んでしまう事も有ると思う。当然、日本の法律では禁止されているが・・・。


しかし・・それでは・・・殺人になってしまう  本人は知らないのだから・・・・。

それとは違い、尊厳死とは、本人が覚悟を決めて選ぶ事である

延命治療といい・・・治らないと分かっていても・・機器や投薬のお蔭で

寿命を延ばしている・・という事は、実際には多い。

「もう・・・これ以上は・・・結構です」と・・本人の意志であっても

以前の裁判では、これを「自殺ほう助」という判例も出ているようです。


難しい病気の場合は特に、入院費用や治療費、手術費なども莫大になる

でも、医者が家族に「どうしますか?」と尋ねたら・・

家族は「出来る限り尽くして下さい」と言うのがほとんどだと思う。

かけがえのない、家族であればなおさら


「出来る限り・・」の目安が分からない

心臓マッサージを続け・・心臓に直接注射を打つことも有ると・・

電気ショックもやり続けると、コゲ臭い匂いがする事があるそうだ

終末医療にかかわる方々の、医療や看護は大変だと思う。


そういった・・いきさつが有って・・ご家族は「愛する者の死を受け入れ」

当社にお電話される頃には・・憔悴しきっている方が多い気がする。


私たちが、しなければいけない事や、出来る事・・・

もっともっと・・・心を配り 本当の意味での 癒しの心を学んでいかねば!

実際の現場は・・・直視できないほど、大変なんだという事を

身に沁みて、分かっているからこそ 出来る事も有る。

| 日記