2010年07月01日

それからは


意識を変えて、人の心に入り込んでいく・・・仕事を心がけた。

田舎のおばあちゃんが使う言葉を、覚えるために

おばあちゃんの家の縁側で、長話をした事も有った。

堅苦しい敬語で話しても

田舎では・・敬遠される・・と、思ったから。

そんな時に

小学校、中学校時代、いつも遊びに行っていた同級生が

交通事故で亡くなった・・・25歳



結婚して、子供が出来ると

前のように、職業柄・・

差別や偏見で・・大切な我が子が

いじめられはしないか?と・・・不安だった。

だから、PTA活動も父母の会の活動も

我を忘れるほど・・・・一生懸命にやっていた。


親の職業のせいで、子供が差別や、いじめに遭うのは

耐えられないから・・・・・。

だから、地域でも・・学校でも・・・トップの役員になって

一生懸命に職務を遂行して、職業で差別されないよう

みんなから一目置かれるように、頑張ってみた。

その甲斐あって・・・町内では

そういう偏見は無くなったような気がしていた。


でも、まだまだ・・・いろんな場所で

葬儀屋か! と、言われる。

消防団でも一生懸命に努力していた頃・・・30歳
| 創業31年目に・・回想