2013年03月30日

過渡期かも知れない


今日、南よこいち会館で司会を務めたんだけど

喪主である・・お父さんが・・追悼の言葉を述べられた。

最愛の娘を送る・・父の思い・・。


自分の事よりも、周りの人を思いやる優しい子でした。

無念さと悲しさと、娘さんへの愛情が・・溢れている

切々と綴られた・・・そんな言葉でした。


私たちは、気持ちを推し量る事は出来ても

その気持ちと同等になる事は出来ません。

私たちが出来る事・・・

それを、今一度考えてみたいと思いました。


ただ・・・

宗教儀式を・・・当たり前のように

無難に進行する事・・それだけが、仕事なのか?

今日は・・・司会をしながらだったけど

一歩・・距離を置いて、考えてみた。


この世に生を受けて・・赤ちゃんの頃が有り

運動会でのひとコマ、お父さんの押す一輪車に乗って

無邪気に笑い転げる、小学生の頃の写真が有って

大人になって、家族みんなで微笑んでいる姿・・・。


そう言えば・・

無感情で式典を遂行する事が、美徳のように

考えている・・ベテランの葬儀社さんたち

涙を誘うような、余計な演出などはやってはいけない・・と。


私も・・創業以来35年間、この仕事をしているが・・・

そういう話を聞くと・・・時々、分からなくなる。


でも、今日・・お父さんの言葉に・・・はっ・・とした。

今日は・・〇〇ちゃんの友達も・・みんな来てくれて

みんな泣いて、悲しんでくれてるよ・・。

見送りに来てくれた・・泣き悲しんでくれている・・という表現


確かに・・・ホール内は・・声にならない涙声や

啜り泣きが、お葬式の間ずっと聞こえていた。

私は、誰の・・どんな形式のお葬式であろうと

可能な限りの、最高の演出をしてあげたいと思っていた。


過剰な演出や・・素人目に・・・

あらら・・・・・と言うようなダサい演出ではなく

さすが・・プロだね!と言われるようなやり方で。


もちろん・・ベテランさんが言われるように

何もしないのが・・一番、楽だけど・・・

悩んだ時は・・キツイ方を選ぶ・・

そういう習慣が身についてしまっている。


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