2010年07月29日

そうだった


私の恩師の会社、目標とする「ふじもと美誠堂」

私が直接指導を受けた社長は・・若くして亡くなられたが

今は、そのご子息が社長を努めています。

ご子息もまた・・先代社長と同じく、素晴らしい方です。

先代の社長さんには、お世話になり・・大した恩返しもできないまま

今に至っています。



その現社長の・・ブログ

うちの社員間でも、人気のブログです。


今日、美誠堂社長のブログ・・・見て・・・「あっ!」と思った。


そう言えば・・・先代の社長に、聞いたことが有った。

「ふじもと美誠堂」って、宝石店みたいな名前ですね。

21歳の若造なので・・・

ご恩有る社長に対し・・口の訊き方も知らない。

その時に「それはね・・・」って教えてもらったのだが

失念してしまっている。  情けないもうやだ〜(悲しい顔)


その代わり・・・・お仕事の依頼を頂いた時の、口癖を思い出した。


社長に、受注した事を報告すると

「そうか、そうか、あちこち会社はあるのに 

うちを選んでもらったや・・ありがたいこっちゃな!」

と、いつも・・・「うちを選んでもらった」・・と、感謝の気持ちを

忘れない人でした。

何も知らない、私は・・・それが当たり前の事として、教わったので

今でも、その基本理念は変わりません。

だから「お客様第一主義」に徹するためには・・

お客様から・・ご指名いただくためには・・と

何も疑うことなく、その事に対し・・日々・・精進の毎日です。


たった、一年の修行で・・・偉大なる人の考えを

どれほど吸収できたのか? 

私には想像もつかない、奥深いテーマが有ったのだと思います。

これからは、それを・・・考えてみたいと思います。
| 創業31年目に・・回想

2010年07月23日

落成式にあたり・・・回想


落成式に、思いがけず本当にたくさんの方々に お越しいただいた。

人様のお蔭で、こうやって生活させていただける。


創業32年目・・・思うところも 多々あって

創業当時の事を、忘れたことはない・・・本当にきつかった。

でも、今思うと・・・当時の自分はその時「きつい」と思って

いたのか?よく分からない。


もちろん・・・最初の頃は、親とケンカの連続だった

決断して「はじめよう」と、言った父を 責めたこともあった。

21歳の頃である。


でも、親の苦しさや・・・頑張りを見ているうちに

これではいけない・・・頑張って、いつか必ず成功してやる。

楽にしてやろう!

心労なく暮らせるようになろう・・・そう、思い続けた。


でも、何の知識もない・・・ノウハウも無い・・先に進めない

まだまだ子供だった・・・と、思う。


今でも、頭の中は、あまり変わらんけど

でも、多少のきつい事への、忍耐力は付いたと思う。


この難しい仕事に対する、ポリシーや理念といったもの

自分なりの「アイワホールの形」を、持てている。

これだけは・・・社員にも継承していただき

また、お客様にも支持していただいている・・・と、自負している。


お陰様で「アンケート」では、そういうコメントが

多く寄せられる。お客様は、よく見ている。

30年以上もかかって、やっと・・・。

今、思えば、たくさんの遠回りをしてきたんだと思う。
| 創業31年目に・・回想

2010年07月01日

それからは


意識を変えて、人の心に入り込んでいく・・・仕事を心がけた。

田舎のおばあちゃんが使う言葉を、覚えるために

おばあちゃんの家の縁側で、長話をした事も有った。

堅苦しい敬語で話しても

田舎では・・敬遠される・・と、思ったから。

そんな時に

小学校、中学校時代、いつも遊びに行っていた同級生が

交通事故で亡くなった・・・25歳



結婚して、子供が出来ると

前のように、職業柄・・

差別や偏見で・・大切な我が子が

いじめられはしないか?と・・・不安だった。

だから、PTA活動も父母の会の活動も

我を忘れるほど・・・・一生懸命にやっていた。


親の職業のせいで、子供が差別や、いじめに遭うのは

耐えられないから・・・・・。

だから、地域でも・・学校でも・・・トップの役員になって

一生懸命に職務を遂行して、職業で差別されないよう

みんなから一目置かれるように、頑張ってみた。

その甲斐あって・・・町内では

そういう偏見は無くなったような気がしていた。


でも、まだまだ・・・いろんな場所で

葬儀屋か! と、言われる。

消防団でも一生懸命に努力していた頃・・・30歳
| 創業31年目に・・回想

2010年06月30日

だから・・・


そういう目に・・何度も遭うと

自己防衛するようになる。

聞かれても自分からは、職業を明かさない

名刺は・・出来るだけ「プライベート名刺」を使う

つまり、名前と、住所と電話番号しか書いていない。

これなら、祝いの席で怒られることもなく、突っ返される事もない。


同級生からも「何で葬儀屋なんか・・始めたの?」と聞かれるし


当時は・・全てが・・・そんな、時代だった。

つらく、悲しい青春時代が・・長かった。

それでも・・お金が有って・・希望があれば・・我慢できたかも?

親とも・・・何回も・・

もう・・辞めよう・・廃業しようと、ケンカになった。


きっと・・・親は、夜中に泣いていたに 違いない

大きな借金をして、事業をスタートしたとき

この仕事、うまく行くと・・・希望を持って、スタートしたのに


思うようにならない・・・事への・・・悔しさ

出来ない自分への、歯がゆさ


大喧嘩した日・・

食事時になっても・・姿が見えない父・・・

・・・探すと・・・真っ暗な部屋・・

仏壇の前で・・・必死にお祈りをしていた。


自分の馬鹿さ加減に・・・・今、気が付いた

もっともっと、苦しかったのは・・・親だった・・


「ごめんね・・父ちゃん、大丈夫だから・・もっと頑張れるから」

| 創業31年目に・・回想

思い出すなー


なぜか・・・

懐かしく、思い出すことが・・ここ最近・・・多い

何かって・・・・創業当時の・・・・こと




「おい・・葬儀屋!」って・・・呼ばれるのも慣れっこになってて

小さな店だから・・頭を目いっぱい下げながら、名刺交換しても

チラッと見て「はぁ?葬儀屋か!いらん!」と、名刺を突っ返されたことも


ひどかったのは、知り合いの新築祝いに呼ばれていった時のこと

挨拶などが終わり、乾杯の後・・知らない人たちと名刺交換

その中の・・有名な会社社長

「何で・・葬儀屋が祝いの席に来てんだ!」と、怒鳴られた。

当時、23歳くらいだったと思う・・・

家に帰ってから・・・職業蔑視に 大泣きした。
| 創業31年目に・・回想

2010年01月31日

回想G

宮崎市内で一番大きくて有名な、葬儀社「ふじもと美誠堂」に

「給料は要らないから働かせて欲しい」と

飛び込みで尋ねました。

今でも忘れない言葉が

「それじゃ私の運転手をしなさい、どこの現場に行き

何をして、そこで何をしたか私を見て覚えなさい」と

言って下さいました。

突然やってきた、ど素人の、何も知らない開業希望の・・

20歳そこそこの他人に、大きな会社の社長さんが・・・・

涙が出るほど、嬉しい言葉でした。


ペンとメモ帳は必需品で、時間を見ては、先輩社員のそばに行き

仕事のノウハウを、教えてもらいながら

経験しなければ分からない仕事は、正社員よりも

優先的にさせてもらいました。

少ないお金から、カセット式のテープレコーダーを買い

宮崎で一番上手いと言われる、社長の葬儀司会を録音しては

帰ってから、ノートに書き写す日々でした。

覚えたら・・いずれ辞めていく社員なのに・・本当に

親身に一生懸命に、教えていただきました。

良い方々と良い縁があって良かったと・・つくづく思います。

だから、途中でくじける事が出来なかった。

だから、苦しくても 踏ん張る事が出来た。
| 創業31年目に・・回想

回想F

「ふじもと美誠堂」で働かせて頂き、学ばせていただいた。

ここでの経験が、後の私の考え方を決定付けていると言っても

過言ではありません。

周りに対する配慮「目配り・気配り・心配り」と、仕事に対する

集中力、決断力、そして完璧にやり遂げるための緻密な準備。

そして心に残っているのが運転中の私に、後部座席から

「種子田くん、心の中がどんなに、早鐘のように打っていても

どんなに慌てていても、決して走ってはいけないよ」

「私達が慌ててミスをして、一番迷惑が掛かるのはお客様だからね

一度きりの式典に心を込めて、奉仕させていただく

100出来て当たり前の仕事だからね。

でも、100やったからって褒めてはもらえないよ、当たり前だから。

褒めてもらいたかったらもっともっと頑張らないとね」

「白鳥が優雅に泳いでいる、でもその足は一生懸命に

水を掻いているんだからね、見えないところで努力しないと

本物にはなれないよ。」と

現場に向かう車の中で話して下さいました。

私は、部屋に帰ると、すぐに・・忘れないうちに

「今日の言葉」と・・ノートに書き記しました。

私が仕事中に「メモとペンは必需品」というのは

この経験からです。忘れないうちに書き、書く事で後に活かせる。
| 創業31年目に・・回想

2010年01月30日

創業31年目に・・回想E

昔の苦労を忘れない・・というのは、私の場合

当時に比べ、少しばかり欲しいものが

手に入るくらいで、浮かれないように・・・。という

戒めには、なるかもしれない。


以前、紹介した「ハーティながやま」の社長の

行動力と考え方には、本当に驚かされる。

考えと、行動との・・タイムラグが少ないのだ。

思いついたら、即座に行動に移す。

だから、ライバルに勝ち、なお且つお客様にも信頼されている。


先日、久々に「一緒に食事に・・・」と電話が有り、8時から

彼の経営する「薩貴亭」という、焼き肉、しゃぶしゃぶの高級店に。

satsukitei.jpg

この日は、すき焼き!・・これが・・むちゃくちゃ美味い。

で「締めは・・こうして・・・」と、どんぶりご飯をもらって・・・

とき卵・・焼き肉・・キャベツを・・・こうして・・・こうやって・・と

永山ちゃんが、器用に作ってくれて・・「 わーい(嬉しい顔)まいうー 」

この後、牟田町に出て、2件ほど 馴染みの店バーに行き

帰りは、たぶん・・・2時?ごろ?
  

仕事の話もイロイロと・・優秀な社員がいるにもかかわらず

展示会などには、東京でも大阪でも 自分が行っているらしい。

聞けば、自分の中の「引き出し」を多くするため・・

これは、良く分かる!

引出しの数を増やす事で、様々なアイディアが出てくる。

「知っている!」という事は、理想に具体性が出てくる。

それを、会社のトップが・・・!と、いうところが大切だと思う。

こういう、プラス思考の友人と 語り合っていると

いろいろ有っても、自分のモチベーションを下げないで済む。

アイワホールのホームページへ

http://www.aiwahall.com/

| 創業31年目に・・回想

2010年01月07日

創業31年目に・・回想D

回想シリーズが 中座してしまいますが

記憶を辿りながら、綴って行こうと思います。

当時は ただ若いだけでしたから

葬儀の事も 長い歴史に支えられた 地域独特の文化として

捉えるには 随分かかりました。

お葬式には「なんで?」と思う事が 数多くあります。

今はしなくなりましたが、出棺時に 故人の茶碗を割ったり

ほうきを 逆さに立て掛けたり 玄関先の地面に置いたり

着物を逆さまにしたり 屏風を逆さまに・・とか

非常時ということを 見ただけで 分かるようにしたのでしょうか?

色んな地域に行くと その土地独特の習わしが あって驚きます。

昔は 地域の人たちが 総出で手伝って 葬儀を取り仕切ってきました。

その中では 神様と仏様の 作法が入り混じった ところも多く

鹿児島の一部の地域では、お坊様が お葬式を済ませた後・・・・

宮司様が来られて お祓いをして帰られました。

地域の方々が 独自に作ってきた やり方も多いと思います。

それを、正式な作法でないから・・・と

最近は、宗教者の方々の 苦言が多くなったように思います。

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2010年01月06日

創業31年目に・・回想Cハーティながやま

少し時間ができた時に、回想しながら 綴るのも いいかな

初心を忘れずに コツコツ頑張る事ができるから。

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友人の永山ちゃんは、今では 大きなスーパーを 10件以上持つ

実業家だ。

「ハーティながやま」の店舗名で商品、接客すべてに とても評判が良い。

http://www.m-nagayama.co.jp/index.shtml

現在の本店(乙房店)しかない頃からの お付き合いだから

30年近くになると思う。      ある時

「新店舗を 次々とオープンしていくのに、相変わらず本店は

改装もせず、 そのままだね。 なんで?」  と

聞いたことが ありました。  

百億以上の年商を誇る 鰍ネがやま の 本店ですから・・・

    そして    次の

彼の 言葉に スゴイものを 感じました。


「苦労して、懸命に頑張って  ここまで・・・やって来た」

「会社が 大きくなっても、  気持は  昔のままだ   

でも それを

忘れてしまうような事が  ないように・・・・

苦労時代の 足跡が分かるように・・・・

ここが有る事で、ここからスタートしたんだ・・と、言い聞かせるために・・・・

あえて、新築したり しない! 」   と

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やっぱり、スゴイやつは すごい! の 一言だ

しっかり 結果を出し!  親を大切にし!

私より ひとつ 年下だけど、やはり 尊敬してしまいます。

私も 昔の苦労時代 (私は今もあんまり変わらんけど・・) を

初心を忘れず、ひとつひとつ 丁寧に お客様の 「ありがとう」 の

言葉を 頼りに 頑張っていきます。
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2010年01月03日

創業31年目に・・回想B

目標を明確にしていない・・・・・・

目標を達成するための 方法を知らない・・・

これでは、車を与えられたけど

行き先も 運転方法も 交通ルールも 何も知らないのと同じ

運転方法は ふじもと美誠堂で 社長から教わったが 未熟なため

半分も理解できていない。

行先は、自分のなりたい姿でいいと思う。レベルが上がれば

その時に・・また、新たな事が分かってくるから・・・

交通ルール、これを知らないと 事業での事故は 即倒産に繋がる

では、手始めに やれることから やろう・・・と

ノートを買ってきた。

「よーし、ヨタヨタしながらも 歴史を綴ってやろう」   と
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創業31年目に・・回想A

本当に 最初の一年目はつらかった と、思う。

廃業しようか  ・・・何度も考えて

でも、心の中に 転機が訪れた(心の中だけ)

時間だけは あったので、本を読んだ

松下幸之助さんの経営哲学や・・・様々なビジネスの書籍

一番衝撃的だったのは、ナポレオンヒルの「成功哲学」

自分に 商才という才能がないなら、成功者に学べばいい。

少ないお金で 本をたくさん買って、夜遅くまで 読んだ。

わかった! 

今の自分には、自分が将来どうなりたいか?願望が明確でない。

ただ何となく、仕事が順調に行けば、今よりも楽になる。その

程度の願望しかない。

今の現状を 作り出しているのは・・・・・・誰でもない

自分だった。
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創業31年目に・・回想

仕事が無くてお金がない。 負債は重くのしかかる。

欲しいもの 何ひとつ買えない。

今みたいに、転送電話もない頃なので、電話のそばを離れられない

友人たちは、休みの度に いい車に乗って遊びに・・・・

しばらくは誘いに来てくれていたけど、毎回、行けない事を告げると

そのうち、誰も誘わなくなった。

21歳の 春・夏・秋・冬

悲しさと無念さで、父と口論になることも、しばしばでした。

今、思うと 一番つらかったのは・・・父    だった。
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2009年12月28日

お陰様で

早いもので あと3日で今年も終わりですね。

当社の会計年度は6月からなので、ちょうど中間ですが

様々なデータは、1月1日から集計しています。

好調ではないけど、お陰様で、大きなトラブルもなく

頑張ってくれている社員に、ボーナスも出せます。

昨夜も寒い中に、出動してくれた担当社員に、心から感謝です。

私も出来る限りの、知恵をしぼり、これに応えなくてはexclamation

思えば32年前の、今頃

宮崎の大手「ふじもと美誠堂」の社長、 現社長のお父様ですが

藤元寛市社長の下に「葬儀の勉強をさせて下さい」と

お願いに行きました。  突然やってきた ど素人の若者に

社長は「いいよ、頑張ってみなさい」と・・・・

社長の運転手をしながら、後部座席で話される教えに、耳をすまし

社長の言葉をカセットテープに録音し、夜遅くまで聞きました。


素晴らしい方との出会いがあり、素晴らしい教えをいただき

今の私があります。

平成7年に ご病気のために、若くして亡くなられたのですが

今でも、その教えを忘れずに、当時言われた事や、指示された物は

継承しています。

その中には、仕事仲間に「もう古い」と言われるものもあります。

確かに、30年も前から続いていますから・・・・

でも、たぶんこれからも変えないと思います。

私の心の中に、何事にも動じない「錘」があるとすれば

その時の、今でも耳に残っている言葉の数々です。
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