2011年07月03日

夢を見た


昨夜は、久々に・・リアルで鮮明な夢を見た。

20年以上も前の、創業当時の苦い思い出だった。

苦い思い出は、山ほど有るんだけど

初めて、お客様に叱られた時のことだった。鮮明なはずである。


ある日の早朝・・

父の知人から、その方の身内のお葬式のご依頼を頂いたんだけど・・

そこが、車で1時間以上もかかる遠方だった。

当時、ほとんど仕事も無く暇だったので、ありがたく依頼を受けて

病院から搬送し、ご自宅に向かい・・打ち合わせを済ませる。

急いで会社に帰り、必要なものをトラックに積み込んだのはお昼頃。


当時は100% 自宅での葬儀で、今みたいに会館はどこにも無い時代。

1時間以上もかかるので、積み忘れが有ったら大変である。

しかし、そんな時・・不思議なもので、新たなお葬式依頼の電話が・・・。

当時は家族だけで営業していたので、当然・・・手が回らない。


トラックはそのままに、お客様には若干遅れますと電話し

とりあえず、新たなお客様の元へ走って行く。

病院から、ご自宅へ向かい商談を済ませた時は、すでに午後3時を回っていた。

こちらのお客様には、明日の早朝から設営しますと約束し

慌てて、遠方のお客様の家へと向かう。


今日のお通夜に間に合わなくなるので、姉に電話番を頼み、家族全員で向かう。

3時までには到着し、お通夜に間に合わせます・・と約束していたが

到着したのは、あたりが薄暗くなる頃、途中で電話したいが携帯電話も無い時代。

止まって公衆電話で電話する時間も惜しくて・・・そのまま走っていった。


ご自宅の入り口に到着するなり

「お前らは何を考えてるんだーもういい、帰れ!」と・・お客様から怒鳴られた。

「いや、今から大至急やりますので、お客様が来られるまでに仕上げます。」

と、弁解したが・・・どう考えても、完成する頃にはお客様が来る時間だ。

他のご親戚も全員出てきて、こっぴどく怒られた。


当時まだ若かったので、分かりました・・と、荷物を片付けていたら

父と母が、道路に座り込み・・お客様に土下座をして謝っている。

あまりにも、みっともなかったので「もういいから帰ろう!」と言うと

「一緒に謝ってくれ・・」と頼まれた。

気分は帰りたかったが・・仕方なく、一緒に土下座をして謝ることにした。


しばらく経って、ご家族から・・

「わかりました、もういいですから、すぐに仕事を始めてください」・・と

許してもらう事が出来た。

迷惑を掛けた分・・当初の約束よりも、豪華にさせてもらう事にした。


火葬場や霊柩車など、手続きなどの分からないところは、近所の同業者に

教えてもらいながら、やっとの事で・・やり終えた仕事だった。

後日、集金にうかがうと

「葬式は初めての事で、お客が来ても祭壇も無い・・どうしよう?」と

心配するあまりに、怒ってしまった・・と、笑いながら話して下さった。



最近、歳をとったせいか・・昔の夢をよく見る。

今は、優秀な社員達に恵まれて、そういったドタバタ劇は無くなったが

昔を思い出しても・・やはり基本は

お客様を向いて、精一杯の心で、仕事をさせていただく事に尽きると思う。

失敗する事で学んだ、貴重な経験だった。

| 創業33年目に

2011年01月13日

創業33年目の日


今日で当社は創業してから、33年目になる。

33年前の、今日・・両親と3人で個人創業した。

社員は、もちろん・・・・一人もいない。

創業して、1ヶ月・・・仕事は、何も無かった。


自分は、宮崎市内の「ふじもと美誠堂」へ

半年前から、修行に行っている。


ある日、高崎町郵便局長さんから、電話が来た。

「父が亡くなったので、お葬式を依頼したい」という事だった。


最初の依頼が、とてつもなく・・・大きな仕事だった。

弔電は、300通を超え、お客様は700名という、大掛かりな

式典だった。

当時は、当然 自宅葬なので・・・私が、宮崎から飛んで帰り

お客様との打合せを済ませ、設営準備に入る。

美誠堂の黒木専務(当時は部長)が、手伝いに行こうか?と

気遣ってくれたが、出来るところまでやってみますと

不安ながらも 答え・・・翌 早朝より、設営を始めた。


全てが、仕入れたばかりの 新品ばかり・・・使い勝手も

まだ、良くわからない・・代物ばかり


早朝に始めた設営は、夕方になっても終わらず

そろそろお通夜のお客様が見えられる。


急いで、通夜式の準備を先に済ませ、お坊様を迎える。

敷地は 割と広かったが 凄く大勢のお客様で溢れた。


ドタバタ、しながらも・・・どうにか、式典を終え

安堵する間もなく、明日の葬儀の準備

たぶん終わったのは、深夜2時頃だったと思う。

局長の奥様が、気遣って夜食を出してくださった。


翌朝、ほとんど寝ていなかったが 膨大な弔電の下調べをするべく

早めに、ご自宅へ向かう。

300通の弔電・・・選んで頂いたが 読み上げる分だけで100通。

さすがに、途中で局長が 後半は割愛してもいいですよ・・・と。


式典は、大きなミスもなく、無事に終了し 労っていただいた。

なぜ? 大切なお葬式を、始めたばかりの信用もない 

うちみたいな所に、指名して下さったんですか? と、尋ねたら・・・

「あなたたちが、始められたので・・・勉強して頂こうと思って・・」

と、局長の奥様が 提案された・・と・・・。


ありがたくて、感謝してもしきれないほどの、恩を頂いた。

うちが、今 こうして続けていられるのも、この時に

助けていただいたからだと・・・この 御恩は決して

忘れてはいけないと、1月13日を 迎えるたびに 蘇らせています。
| 創業33年目に

2011年01月09日

創業33年目に


1979年 1月13日に創業したので、もうすぐ33年目の

アニバーサリーである。

特別に創業祭など、今回はしないけど、やはり昔を思い出す。


軽の箱バン・・これが、病院から自宅へ ご遺体を搬送する専用車

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この車の認可を取るのに、どれだけ苦労した事か

当時は、まだ規制緩和前だったので 青ナンバー:営業車の認可は厳しかった。

聴聞会もあり、その地域で必要であると 納得させるだけの証拠を

全て揃えなければならない。

その地域の保有台数が、その地域の死亡者の搬送を まかなう事が出来ると

許可は出ないのだ。

5センチほどの 厚さの書類を揃え、提出したことが有る。

何回 陸運局へ足を運んだことか・・・・。

でも、これは、軽自動車だったから可能だった事で

普通車では 全く申請すら出来なかった。

そういう事を考えると、今から開業する人は楽だなーと思う。


創業以来、多くの方々に助けていただいて、今が有る。

しかし、気持ちの中では まだまだ目標の半分しか達成していない。

自分の頑張りだけで、目標をクリア出来ていた頃とは違い

今は、チームで考え団結しないと クリアできないレベルになっている。


自分自身のレベルは、自分の不満と 必ず吊りあっている。

今日の食費に困っている人が、1億円をどうにかしようとは思わないだろう。

逆に、以前クリアした問題点で 再度 困る事も少ないだろう。

「また・・これかー」だとしたら・・・ちゃんとクリア出来ていない事になる。


そうしながら、ここまで33年間 やってきた 少しずつ

お客様第一主義を唱えながら 迷わずにやってこれたのは 

根本が揺らがなかった事が、大きいと思う。

それは、やはり 修行させていただいた ふじもと美誠堂という

素晴らしい会社、社長さんの考え方を 叩き込んで頂いたからだと思う。


何も知らずに開業したが、評判を聞き扉をたたいた所が、ふじもと美誠堂だった。

それは自分自身の 運の良さでもあるだろうし

「いいよ」と気軽に了承して下さった、社長さんの懐の大きさにも・・・。


つくづく 良い運に恵まれたんだと、33年目にまた 新たに思う。

「感謝します」「ありがとうございます」
| 創業33年目に